2006年09月25日

サッカーはセッションだ!・・ということ

このコラムはあくまでも私本人の主観です。
ので、逆に反論やら批判やらたまには同調などなど存分に頂けたらと思いますが。

【サッカーはセッション?音楽はパス交換?】

サッカーは1人でやっていてもあまり面白い物ではありません。
個人競技である陸上、ゴルフなどを除いて、数人から十数人で行うのがスポーツ、特に「球技」の特徴でもあります。

サッカーボールを壁に向って蹴り続けるよりも、誰かとパス交換をしていたほうが楽しいでしょう。
それが人数が増え、ゲーム性を増してくるとさらに楽しくなる。

音楽もそう。
1人で演奏し続けるより、数人でやった方が楽しいと感じます。
もちろん、サッカーも音楽も1人が良い、というかたも居られるでしょうが・・・。

でも、サッカーには試合があり、音楽にはバンドやオーケストラがある。
それはやはり【楽しい】からでしょう。

何故楽しいのか?
これは人にもよるのでしょうが、ある一点に向って行く、目標に向っていく、という点にあるかもしれません。
サッカーであれば目標はゴールを決めることでしょうが、音楽は人それぞれの思惑や人数によっても変わります。が、おぼろげであっても何かしらの拠り所はあるものと思います。
観客を躍らせる事にあるのか、感動させたいのか、自分達が楽しみたいのか・・・などです。
これらはサッカーにも結びつくかもしれませんね。

では、逆に【つまらない】シチュエーションを考えて見ましょう。

なんとなくだら〜としていて、しらけていたり、
妙に張り切っている人が浮いていたり、ちぐはぐだったり、
そういったときに言えるのは、共通意識としての「目的」がないからなのかもしれません。

参加者全員に目的意識がなく、しら〜っとしているのは問題外ですが、
参加者各々のベクトルが違う方向に向いていても、ちぐはぐになり人によっては【つまらない】ものになるのでしょう。

「例えばリズムの話」

音楽でセッションをしていて、目的が異なっていても連帯感が生まれる事があります。
それは【リズム】が合う事です。
俗に【グルーヴしている】などと言いますが。

分かりやすく言えば、
メトロノームがそれぞれ狂っていれば、純粋にグチャグチャになります。
メトロノームとは1分間にカウントがいくつ入っているかを数値化しているもの(♪=60であればまさに1分間と言う事です)ですが、1人が♪=80で、違う人が♪=85はまるでかみ合いません。
3拍子の人と4拍子の人が一緒にやることもそうでしょう(気持ち悪いと言われながら意図的にやったことはありますが)。

でも、全員がピッタリ寸分の狂いもなく、♪=80で演奏してもおそらく【グルーヴ】しないでしょう。

リズム感のない人間は殆どいません。
一定感覚で歩く事が出来るのはまさに「リズム感」あってのものです。
良く躓く人、全く歩けない人はリズム感が悪いのかもしれませんが・・・。
俗に言う【リズム音痴】の人はリズム感がないのではなく、周りのリズムに合わせるのが苦手な人です。
そしてまさに、セッションとは人と「あわせる」事が前提となります。
そこで【グルーヴ】が産まれるようです。

なぜなら、人のリズム感には個体差があります。
全員が全員自分のリズムを主張していたら、まとまるものもまとまりません。
そこで、「合わせに行く」という行為が発生するのです。
ですが、そこは人間ですので機械のようにピッタリになる事は早々ないでしょう。
その些少な差異がグルーヴ=うねりを生み出す一因になるのです。
そこには周波数のお話も絡んでくるのですが、それはまたの機会ということで。

機械で作られる音楽は、周波数・倍音などを含め差異を作る事が苦手です。
ですからただの電子音で作られた音楽は、感動に欠けるものが多いようです。
中には、意図的にその差異を作りクオリティの高いものを作っている人もいるようですが。

その【グルーヴ】も共通認識としての基本リズムにのっとるというのが、一般的ではありますが。
それもまた、またの機会に。

そう、何が言いたいのかというと、
セッションを【楽しむ】にもある程度の【共通認識※ルールともいいますか・・】が必要になってくるということでしょうか。
これはサッカーでいえば、オフサイドとかハンドとか競技場の大きさのこと・・ではありません。
共通のイメージということでしょうか。

マラドーナのような選手、マイルス・デイビスのようなバンドリーダーがいる場合は、彼らを中心に考えるというのも一つです。
逆にそういったプレイヤーがいないチーム・バンドでは、全体が機能する共通のイメージを予め準備(もしくは既に持っている)しているのでしょう。
マラドーナの居た時代のアルゼンチン代表のほかの選手も、かなりクオリティの高い【共通認識】は持ってい、その上で思う存分「稀代の天才」が暴れまわったという印象ですが。
マイルスバンドにしても同じ事が言えるでしょう。

ブラジル代表などは、後半終わりに近づき、内容でも余裕のあるときは観客の「オーレ!※スペインの闘牛からの影響でしょう。」の掛け声と共に、ボール回しが始まります。W杯の日本戦でもやっていました。
これは、選手どころか観客に至るまで、共通の認識の下にあると言う事が伺えます。
その瞬間、まさに彼等は【楽しんでいる】のです。

その時、彼らのリズムは【グルーヴ】していると言えるでしょう。
もちろん攻撃の時も。
共通のイメージの上で想像力を働かせて、【セッション】するわけです。

それは決して♪=80ではないと。
プラスアルファと「個々のズレ」を楽しむものでないかと。
posted by musica-cojb at 16:52| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカーと音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする