2006年10月26日

親子ほど難しい・・・

親の期待と子供の思惑・・・。
作用反作用・・・。
主観と客観。

人間関係の中でも一番難しいと思えるのが、親子関係です。
小さい頃はまだ見えなくても、それが積み重なっていくうちに様々な現象を引き起こします。
日頃ニュースや新聞上を賑わしている事件などは極端な例としても、やはり多かれ少なかれ日々何かしら問題を抱えるのではないかと。

自分の子供に大いなる期待とプレッシャーを与えたり、まるで無関心で「親」の役割を放棄してしまったり。
その反作用的な事件も多く見られます。
おそらくいつの世も抱えていた、人間が社会性を持つが故に根幹にある問題だとは思います。
それが、地域社会性の欠落や教育現場の意識レベルの低下、資本主義のもたらす多種多様な問題により(あくまで憶測ですが)、補助できていたことが出来なくなってきたからなのかもしれません。

おそらく、以前より親子関係が密接になってきたがために、感情の密度が濃くなったのでしょうか。
それを逃す「逃し弁」が少なくなったため、感情(正も負も)という名のガスが溜まっていくのでしょうか。

親子の関係では話せないこともあります。
教師と生徒の関係では話せないこともあります。
友達間では話せない事もあります。
塾や習い事先でも話せないことはあります。

要はそれぞれのバランス、相互補助的な役割かもしれません。

以前、著名なカウンセラーと話す機会がありました。
そのカウンセラーは予約がひっきりなしに来る、人気のあるカウンセラーの方なのですが、その人が、
「自分の親や配偶者、子供にはカウンセリングできません」
とおっしゃられていました。
何故かと訪ねると、
「近すぎる関係は感情が強くなり、真実が見えなくなる」
といい、
「正直やりづらいですね」
と。
まあ、そうでしょう。
カウンセリングの技法は、「理解と共感」にあります。
それを家庭の中で実践するのは困難でしょう。
第三者という立場だからこそ、カウンセリングやセラピーが行えるのだと。

身近な人間であると、どうしても邪魔な観念が入ります。
それは相互の立場であったり、長年培ったものであったりし、それを今更なくして、
「それでは心をまっさらにして」
とは難しいでしょう。
だからこそ第三者とのバランスが大切ではないかと思うのです。
地域社会性が薄くなっているならば、予備校や塾、スイミングスクール、学校・職場、趣味のコミュニティ・・・なんでもいいのですが、そのバランスが大事ではないかと。

COJBでもその一端が担えないかと試行錯誤しています。
社会は次の段階に入っているのでしょう。
だからこそ、真剣に論議・試行錯誤し、次のステップに繋げたいと考える訳です。

<参考文献>
あまり本文とは関係ないですが・・・。
ゆとりある「やる気」を育てる
posted by musica-cojb at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | メンタルと教育